スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

与九郎の兄弟

「尾張群書系図部集」によると、与九郎には弟と妹がいる。
調べてみる。

弟は秀休(1570~1627)といい、幼名・熊之助。
加賀前田氏の家臣・中川氏に養子になってっている。中川久右衛門。
いつ、どういう経緯で養子になったのだろうか。
織田の関係であることから、やはり子を思う母・お犬の方の介在があったのではないだろうか。
1587年(天正15)1月10日、フロイス「日本史」第1巻12章に「お犬の子・熊之助は大坂の修道院に行き、洗礼を受けた」と記載あり。
秀休には子はなく、与九郎の子・為成を養子にもらっている。その為成は二人の男子を儲け、長男・一置は佐治に戻り、次男・成正が中川家の家督を継ぐ。その成正には男子がなく、一置の三男・置弘を娘婿にもらっている。
少しややこしいですね。

妹ですが、布土城主水野忠分の妻となり、新城城主忠長の母になっている。
しかし、妹の存在は大いに疑問が残る。
東浦町教育委員会発行の「戦国時代絵巻 徳川家康の母 於大の方と水野氏」によると、
水野忠分の生没は1537~1578。
その子・忠長の生没は1562~1623。
確かに忠分は佐治娘を妻に迎えているが、
与九郎と秀休は1570辺りの生まれだから、彼らの妹であることは考えられない。
おそらく、その上の代か上の上の代の佐治娘の間違いではないでしょうか。
よって、与九郎の兄弟は秀休だけでしょう。
何か情報をお持ちの方はご連絡下さい。
(ヨクロー)

 あずさ2号 狩人

続きを読む

スポンサーサイト

tag : 大河ドラマ

プロフィール

ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

カテゴリ
最新記事
最新コメント
検索フォーム
FC2カウンター
リンク
フリーエリア
月別アーカイブ
夢を叶えるための名言集


presented by 地球の名言
最新トラックバック
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
The Great Dodecahedron
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。