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再再婚相手 於振(織田信長娘)

佐治一成の再再婚相手の「於振」とは、信長の末娘で、彼女も再婚である。

最初、「於振」は、三河水野藩主・水野忠胤(みずのただたね)に嫁ぎ、一男二女を儲けたが、
慶長14年(1609年)夫・忠胤は家臣の悪行を取り締まれなかったため、家康より切腹を命じられてしまう。(徳川実記より)
その際に離縁となり、遠縁にあたる、前妻と死別した一成の所に入輿することになった。

「羽前天童織田家譜」・法華寺の「織田系図」・「大雲山志稿」の「織田系図」に、佐治一成と於振の婚姻は書かれている。

「一成が初老の頃の再再婚だが、二人の間に、子女の一人位は儲けたであろうと思われる」と瀧田氏は述べているが、私にはその確認がとれない。
ウィキペディアでは、「一成は、於振との間に嫡男・為成がいる」と書かれているが、為成は大坂の陣に出陣しており、年代的に全く合わない。明らかにおかしい。
やはり、一成の子の殆どは、再婚相手の渡邊小大膳娘との間の子であったと思われる。
の再婚時期によっては、ひょっとしてとの間に子があったという可能性はゼロではないが…)

一成は、寛永11年(1634年)京都で没。「於振」はその9年後、寛永20年(1643年)没した。
彼女は父・信長の所縁から、牌は龍安寺の霊光院(後に墓も見つかる)に、墓標を大徳寺の総見院に残すこととなった。

「常滑史話索隠」の中の「於振」については、29行費やしている。

ところで、晩年の一成は、モトカノ・が将軍の妻になっていることを知らないわけがない。
どういう思いだったのだろうか。
大河ドラマでやってくれると面白いと思うのだが、まああの脚本なら無理でしょう。

次回は、初婚相手・です。

(ヨクロー)
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tag : 大河ドラマ

プロフィール

ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

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