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与九郎の子孫

以前のカテゴリと一部重複しますが、改めて説明します。

与九郎には一男三女の子がいます。
長男の名は為成。彼は、大阪の陣参戦し、その後、子のいない与九郎の弟・中川秀休の養子になっています。
そして、為成は二男三女を儲け、次男の成正が中川家の跡を、長男・一置が佐治家の跡を取ることになります。
この与九郎の孫にあたる一置が、柏原藩筆頭家老、千三百石を給したる「佐治与右ェ門」です。

一置以後は、柏原のTさんに教えていただきました。
一置は四男を儲けます。
長男・小源太(又は左源太)は早世。
次男・為貞は、柏原藩廃藩後、讃岐丸亀京極家に仕官。
三男・置弘は、叔父・中川成正の養子となり、近江分部家の家老になる。
四男・功庵、この方の子孫は柏原で、現在、中川の姓を名乗っているそうです。但し、正覚寺過去帳には功庵とその子・孝庵の二人については記述がなく、孫にあたる佐治秀伯以降は記述あり、途中内堀家から、婿養子をもらい、中川家として中興開祖しました。(中川家系譜より)

信包が立藩した柏原藩は、三代信勝に継子がなく、慶安3年(1650年)5月17日に廃藩の憂き目に会います。

(その後の柏原は、45年間、天領になり、元禄8年(1695年)からは織田信雄の子孫にあたる信休が藩主となり、以後その子孫が代々藩主として藩を治め、明治維新を迎える)

廃藩のため、家老職を失った与九郎の孫・一置とひ孫・為貞の二人は再就職活動を余儀なくされます。
孫・一置は、浪人のまま、江戸で死去。享年41歳、
ひ孫・為貞は、江の姉・初の嫁入り先であった京極家に仕える。ん?

この再就職活動にはどんなストーリーがあったのでしょうか。

(ヨクロー)
姫隊の江ちゃんフォト
gorekisiryo1.jpg
2011年8月 尾張大野歴史資料館にて
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プロフィール

ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

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