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郷土史家はつらいよ~与九郎の消息を追って~

kaibaramap

私の恩師・早川先生は、実に大野佐治家に詳しい。かれこれ40年以上は研究されていると思う。
そんな早川先生の近年の講演の資料の中に、一つの事由が書き足されていた。

『佐治与九郎は柏原藩の筆頭家老として千三百石与えられた』と。

「先生、この事実、ネットには出てこないすよ。どこで調べられましたか?」と私。
「どこだったかなあ、思い出したら連絡いれたげるよ」
後日連絡あり。地元図書館にある「三百藩家臣人名事典5」にそう書かれているとのこと。
早速、図書館に行き、その辞典を調べる。確かにそう書いてある。
しかし、それがどうしてわかったのだろう?
佐治与九郎の項目の最後に、
『「丹波史」(一号)芦田確次』
とあった。
よし、直接この人から聞いてみよう。

実は、私が丹波柏原に行った最大の目的は、芦田確次さんにお会いすることだった。
GWを利用し、一路柏原へ。
夜、高速道路をぶっ飛ばし、早朝、柏原歴史資料館駐車場に到着。
少し仮眠。そして、開館前にちょっと町並みをブラブラ。
九時開館と同時に入館。そして、受付の女性に自分の目的を伝える。
「あのよ~、名古屋から来た者だけどよ~、実はのお…」
しかし、残念ながら、芦田さんはとうにお亡くなりになっていた。
それでも図々しい私は、佐治与九郎にお詳しい方に会いたいと、詰め寄る。
そして、お会いできたのが、柏原歴史の会・会長のTさん。
大変親切な方で、佐治与九郎に関する資料を尽くコピーさせていただいた。
その中に、芦田確次が佐治与九郎について書かれた『「丹波史」(一号)』
の原稿もあった。案の定、詳しく書かれている。
少し読んでみる。
なんと、昭和38年に瀧田英二氏にも会われていて、瀧田氏に「佐治与九郎について教えてほしい」と言われたのが調べるきっかけになったそうだ。
その二年後、瀧田氏は「常滑史話索隠」を著し、芦田氏に贈呈している。
芦田氏はよくぞ、柏原藩の一介の家臣にすぎない佐治を調べてくれたとつくづく思う。

私は、午前中で帰る予定(渋滞情報を把握しているため)だったが、Tさんとついつい話が弾んでしまって、午後三時まで柏原にいてしまった。
「やべえ」
渋滞情報はまじ正確である。
予想通り、帰路は大渋滞に逢い、柏原から家路に着くのに8時間もかかった。行きの倍の時間である。
途中サービスエリアに寄ったが、大混雑で食事すらとれず、めちゃくちゃ疲れた。

それでもかなりの成果があったと満足感いっぱいである。

私はまだまだ、Tさんからコピーさせていただいた資料を、紹介しきれていない。

(ヨクロー)
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No title

こんにちは~♪
夏休みやめちゃったのですね(*^_^*)
歴史研究家というのはすごいですね~
とことん納得するまで調べ上げる努力には頭が下がります。
私のような雑学では想像もつきません(;^_^A アセアセ

Re: No title

> こんにちは~♪
こにゃにゃちは(バカボンのパパ)

> 夏休みやめちゃったのですね(*^_^*)
止めてないですよ。
7月31日の記事、二つ書いたのですが、順番変えただけです。
気が付かず、読んで貰えてなかったみたいでしたから。

> 歴史研究家というのはすごいですね~
> とことん納得するまで調べ上げる努力には頭が下がります。
> 私のような雑学では想像もつきません(;^_^A アセアセ

目的を達成しようと考えると、時としてそうなっちゃいます。
でも、瀧田さんや早川先生にはまだまだ足元にも及びません。
私の場合、ネットも使うのでかなり楽させてもらっています。
プロフィール

ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

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