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大野海岸の三つの浜


大野海岸は、三つの浜の地名があります。
上の地図で説明しますと、
海音寺の海の字のところが、「瑠璃が浜」。今の海水浴場のところです。
尾張名所図会の大野の潮湯治の絵は、ここが描かれています。
大野海水浴場と書かれている所は、「千鳥ヶ浜」。後藤新平が海水調査をした所です。
そして、エネオス斜め上の大野漁港あたりが「砂子浜」。
これらの名は今では行政的には使われていません。
結構、趣きのある名だと思うのですが。

sunagoengei.jpg

補足ですが、北隣の新舞子の地名は、昔は「松原」といっていました。
また、南隣の西之口の駅名は、常滑線開通当時は「新須磨」駅といってました。
関西地方で、舞子海岸・須磨海岸という行楽地があり、鉄道会社がそれにあやかって、大野周辺の海水浴場開設の時に命名しました。


二代目コロムビアローズ 「浜千鳥」 Columbia Rose II
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tag : 海水浴場

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浜千鳥

 いい写真だね。
 「浜千鳥」を聴きながら見ると、子どもの頃を思い出しました。

No title

コメントありがとうございました。
そしてご心配かけてすみません。
体調くずしていたり慣れない仕事をしたりで
ブログサボってました。
そろそろ復活してます!!

No title

こんにちは☆

新舞子というのは大学時代に聞いた記憶があります。
知多は海水浴場が多いのは知っていましたが、大野に三箇所もあるとは・・・・

二代目コロンビアローズという歌手はいつ頃歌ってたのでしょうか。
知らなくてゴメンなさい・・・(´_`illi)
声が由紀さおりに似てるような感じがしました。

Re: 浜千鳥

>  いい写真だね。
戦後、娯楽に飢えていたんですね。

>  「浜千鳥」を聴きながら見ると、子どもの頃を思い出しました。
すごく哀愁のこもった曲ですね。唄までセピア色を感じます。

Re: No title

> コメントありがとうございました。
> そしてご心配かけてすみません。
> 体調くずしていたり慣れない仕事をしたりで
> ブログサボってました。
> そろそろ復活してます!!
御身体ご自愛ください。
ブログ楽しみにしています。
今度一緒に研究会しましょうね。

Re: No title

> 新舞子というのは大学時代に聞いた記憶があります。
> 知多は海水浴場が多いのは知っていましたが、大野に三箇所もあるとは・・・・
大野より新舞子の方が有名です。名鉄が新舞子の方に力をいれてますから。

> 二代目コロンビアローズという歌手はいつ頃歌ってたのでしょうか。
> 知らなくてゴメンなさい・・・(´_`illi)
私も全く知りません。寅さんが詳しそう。

> 声が由紀さおりに似てるような感じがしました。
発声方法が一緒なのかな?

No title

こんにちは。大野のことがよくわかるブログ、興味深く拝見させていただいています。
ところで、新須磨というのは、三河線の碧南中央駅の旧名ではなかったでしょうか?
西三河の住人だもんですから、いちおうご指摘まで…。

Re: No title

> こんにちは。大野のことがよくわかるブログ、興味深く拝見させていただいています。
> ところで、新須磨というのは、三河線の碧南中央駅の旧名ではなかったでしょうか?
> 西三河の住人だもんですから、いちおうご指摘まで…。

貴重な情報ありがとうございます。
関西の海水浴場にあやかり、大野の北は新舞子海水浴場・南は新須磨海水浴場と命名された事は大野町史(昭和4年発行)に書かれています。
大野町駅の一つ南の駅は
1913年(大正2年)3月29日開業(当時愛知電鉄)。
開業当初は新須磨駅といっていたそうですが、
なぜかすぐそこの地名である西ノ口駅に改名したそうです。
(ちなみに新舞子の元の地名は松原)

ウィキペディアの碧南中央駅をみると
1914年2月5日 名鉄三河線の前身である三河鉄道開業。
1915年7月10日に新須磨駅として開業。
1981年12月14日 碧南中央駅に改称し移設。
と書かれています。

大正時代に、大野町駅の一つ南の駅が改名した理由。
何か因果関係がありそうですね。
ホリオコシの案件がまた増えました。
今後も何かありましたら、ぜひコメントください。

No title

凄い情報ですね!西之口が「新須磨」だったことは、去年爆発的に売れた小学館の「日本鉄道旅行地図帳 東海編」の全駅・全路線変遷一覧にも書いてないですよ(名鉄の社史にもたぶん載ってないはず)。
碧南の海水浴場は、北が新須磨、南が玉津浦でした。三河線(当時三河鉄道)の新須磨駅は、夏期のみ停車する駅として開業し、のちに常設化されたようです。常滑線(当時愛知電鉄)の新須磨も、臨時駅かだった可能性もありますね。
郷土出版社刊「三河を走って85年」によると、碧南の新須磨海岸は三河鉄道専務の命名だそうで、三河鉄道と愛知電鉄の間に何か駆け引きがあったのかも。

Re: No title

> 凄い情報ですね!西之口が「新須磨」だったことは、去年爆発的に売れた小学館の「日本鉄道旅行地図帳 東海編」の全駅・全路線変遷一覧にも書いてないですよ(名鉄の社史にもたぶん載ってないはず)。
> 碧南の海水浴場は、北が新須磨、南が玉津浦でした。三河線(当時三河鉄道)の新須磨駅は、夏期のみ停車する駅として開業し、のちに常設化されたようです。常滑線(当時愛知電鉄)の新須磨も、臨時駅かだった可能性もありますね。
> 郷土出版社刊「三河を走って85年」によると、碧南の新須磨海岸は三河鉄道専務の命名だそうで、三河鉄道と愛知電鉄の間に何か駆け引きがあったのかも。

まささんの調査能力は凄いですね。
「西ノ口駅は、開業の頃、新須磨駅と名乗っていた」という情報は、文献からでなく、西ノ口に古くから住んでいる人が教えてくれた情報です。
またウィキペディアで申し訳ないですが、
1912年(明治45年)2月18日 大野駅として開業
1913年(大正2年)以前 大野町駅に改称
1913年(大正2年)3月29日 西ノ口駅開業
1913年(大正2年)4月1日 常滑駅開業。(いわゆる常滑線開通)
とあります。
大野という地名も全国に多い地名ですので、開業後すぐ大野駅から大野町駅に改称されたようですね。
西ノ口駅もその頃に?いや文献にないなら開業前に改称?
どうなんでしょうか。

どちみち、新須磨という名称は碧南の地名ですね。
当然ですが、こちらは全くその名は浸透されていません。
ちなみに、西ノ口の地名の由来は、大野城の西の口の方向にある土地だからです。
地元では結構その地名に愛着があり、昭和40年代に町名変更の話があった時もかなり反発があり、名の下に町を付ける事すら拒んだそうです。

松原の「新舞子」の地名は残ったが、 西ノ口の「新須磨」の地名はすぐ消えてしまった事実。
今まで気にも留めていませんでしたが、言われてみれば、なぜ?ですよね。
まささんのおかげです。
プロフィール

ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

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