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大野城のこと

oonojo3.jpg
大野町の南東、青海山の北部頂に位置する大野城は別名「宮山城」とも言います。
大野と名のつく城は全国に10箇所もあり、尾張国だけでも3箇所あります。
だから、別名があるのかな。どうなんでしょう。

以下
千葉県市川市(下総国)
千葉県いすみ市(上総国)
福井県大野市(越前国)
福岡県大野城市(筑前国)
長崎県島原市(肥前国)
愛知県知多郡(現在の常滑市) (尾張国知多郡)
愛知県海部郡(現在の愛西市(旧佐織町)) (尾張国海部郡)
愛知県葉栗郡(現在の一宮市)(尾張国葉栗郡)
和歌山県海草郡(現在の海南市) (紀伊国海草郡)
和歌山県西牟婁郡(現在の白浜町)(紀伊国西牟婁郡)

ここで大野城(宮山城)の歴史をひもときますが、
ネット上に沢山でていてあまり書く気がしないので、ブロ友であるまり姫さんのブログの文章を引用させていただきます。

観応年間(1350年)頃、三河国守護の一色範氏が知多半島に勢力を伸ばし、その子一色範光が伊勢湾を見下ろすこの城を築いたのが始まりといい、一色氏は大野湊を中心とした伊勢湾の海運を手中に収めたと伝わっています。(大野氏が築城したともいわれる)
しかし、一色氏は将軍足利義政と対立したため三河守護職を失ってしまい、応仁の乱を経て次第に勢力を衰退させて、大野城は尾張守護の土岐氏に奪われ、近江出身の家臣の佐治宗貞が3万石を領して大野城主となり、以後四代百年あまりの支配が続いたとされます。
三代信方の頃に織田信長に従いますが、信方は若くして討ち死にし、四代一成(妻は浅井長政三女お江)は小牧長久手の戦いのとき、織田信雄に味方して羽柴秀吉と敵対したため追放され、城主として信長の弟である織田長益(有楽斎)が入りますが、大野城の水利の悪さから、すぐ真向かいに大草城を築城して移り、大野城はこのとき廃城となりました。(まり姫のあれこれ見聞録より)

これが通説であり、よくまとめられていると思います。
次回は、大野城の伝説等を紹介したいと思います。


ジェットストリーム(夜間飛行)城達也
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ヨクロー

Author:ヨクロー
2011年NHK大河ドラマ「江」の最初の嫁入り先「尾張大野」
この地の郷土史研究を楽しく行なっている会です。
(写真の江は、あいち戦国姫隊の江姫です)

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